小野田商店に絆創膏を貼り続けた──102年目の会社を、次に渡すまで
会社が百年続くというのは、百年誰かが辞めなかったということだ。氷問屋から製氷メーカーへ変わった会社に20代で入り、40年を過ごした会長に話を聞いた。
小野田商店の会長・小野田潔さんは昭和28年生まれの73歳。20代でこの会社に入り、40年を過ごして、6年前に社長の座を四代目へ譲っている。その40年を、会長はこう振り返る。
なんだか私は絆創膏を貼る仕事が多かった。小野田商店を支えるような仕事をしてきた
二股になった将来
三人兄弟の真ん中に生まれ、長男が家業を継ぐのが当たり前の時代に育った。大学は教育学部を選び、余分な講義まで受けて教員免許を取った。
その進路が揺れたのは、大学の二年か三年の頃だった。高血圧の家系だった父が、夜、茶の間で倒れたのである。発作用の貼り薬を切らしていて、しかも土日で町医者はどこも閉まっていた。近所の医者を四軒駆けずり回り、四軒目でようやく手に入れて、戻って心臓のところに貼った。血圧は230ほどあったと記憶している。
これは父は長くない、と思った。長男が継ぐものだと思っていたが、その兄も中学の頃から腎臓を悪くしていた。ならば自分も仕事を手伝わなければいけないのではないか。「自分の将来っていうものが、二股になった」。大学を出た後は父の知り合いの会社に2年ほど勤め、結婚を機にそこを辞めて、26になる頃に小野田商店へ入っている。

忙しい時の泣きつき先
入社にあたって言われたのは、帝王学を学べ、ということだった。当時は別会社だった墨田の工場を任され、工場長の下についた。周囲は自分を上の人間として見るが、やることは工場の雑用と倉庫の細かい仕事ばかりで、人手が足りなければ現場に入る。あの頃が一番暇だったな、と振り返る。
それが変わったのは30歳を過ぎた頃。袋詰めの氷を作り始めると、人も氷も足りなくなった。6月から9月末までは現場に入り、それ以外の季節は雑多な仕事に回る。冷蔵倉庫の客も増え、夏が終わって現場を抜けられるかと思うと、今度は中国から生の甘栗が入ってきた。配達員が来ない日には本社から電話がかかり、すぐ来てトラックを出してくれと言われる。冬場は水道管の配管も引いた。
忙しい時の泣きつき先みたいな形で、何でもやりましたね
絆創膏を貼り続けた四十年
会長が絆創膏と呼ぶのは、そうした仕事のことだ。設備の更新も脱フロンへの切り替えも思うようにはいかず、運転手が来ないから配達のトラックに飛び乗ったことも、夜中に荷物を動かしたこともある。井戸水を使わないともったいないと装置を入れたものの、薬品代と手間を計算すると水道のほうが安いと分かり、後にその装置は自分の手で壊した。それも絆創膏の一つだ、と。
この40年で、氷そのものも変わった。純水装置を最初に入れたのは昭和46年で、業界では最初だった。当時の東京の水は良くなく、ひどい時には氷の芯に色がついてしまうこともあった。イオン交換樹脂の装置を入れ、そこから水を変えている。いま小野田商店が誇る氷の透明さは、この時に始まっている。
手の届く範囲が、なくなった
20年ほど前から、新しい工場を建てる計画があった。ようやく前に進んだのが7年前。土地を手に入れる目処が立ち、越谷の社有地も売った。あとは銀行から借りれば工場が建つ、というところまで来ていた。そこにコロナが来た。
融資はできないと言われ、計画は消えた。仕事もほとんどなくなり、出社は週2回になった。40年、会長のやり方はいつも手のなかにあった。運転手が来なければ自分が運転し、配管が必要なら自分で引く。届く範囲のものを、届く範囲で支える。その届く範囲そのものが、なくなった。
もう私の培ってきたものは役に立たないなと思って
譲るのは、いつかは譲る
5年前、社長の座を四代目の小野田渉さんに譲った。譲ってよかったかと尋ねると、答えは率直だった。「まあ結果的には良かったんでしょう。私じゃ変えられなかったと思う」。継ぐ人ではなく、渡す人。40年、会長はずっとその位置にいたことになる。
新工場のために作った資金は、工場ではなくコロナを乗り切るために使われた。会社は残り、渡す先も決まっていた。
やらなかった仕事が、育っている
いま会長が期待しているのは、自分がやらなかった領域だという。食べるためではない氷——観賞用や装飾用の氷が、反響を呼んでいる。「私は『あんなもんいらない』っていう考えだったけど(笑)」。自分が退けたものが、次の代の柱になりつつある。それを面白がっている口ぶりだった。
この会社の魅力とは何か。そう尋ねると、答えは短かった。「氷の魅力ですよ」。工場を離れてから自分で氷を買うようになると、妻が言うのだという。昼間に飲むアイスコーヒーが、全然違う、と。
支える人がいなければ、次の代が新しいものを作る時間は生まれなかった。守る人と、変える人。102年目の小野田商店は、いまその両方を探している。







