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世界を変えた製氷冷蔵技術


1855年、オーストラリアのビクトリア州にてジェームス・ハリソン氏(James- Harrison)が、エーテル気化熱を利用した世界初の圧縮型冷凍機を発明しました。

その後発展を続けた冷凍機がもたらした影響は、冷えたビールをスタンダードにしただけでなく、地産地消が基本だった農畜産物を遠方の土地へと売り出す新たなビジネスチャンスをもたらし農業の産業構造自体をがらりと変えました。反面、植民地などから搾取可能なものも増え、飢餓輸出を悪化させるなど世界情勢も激変させました。

それは兵糧を保存することが非常に重要であった戦時下の状況においても同じでした。

第一世界大戦を経て、それまで「緩慢凍結法」と言われていた、食品をゆっくりとしか凍らせることができないことにより、食品の持つ水分が大きい氷の結晶となって、食品中の細胞を内側から崩してしまい、旨味の流出や歯触りの変化が起きてしまう方法から、「急速冷凍法」という氷の結晶のサイズが大きくなる前に凍らせることで、食品中の細胞が破壊されることを防ぐ方法が確立されていきました。(小野田商店ではゆっくり原料水を凍らせることで、ひとつひとつの結晶が大きい、透明で硬い氷を造ることを実現しているので、前者の緩慢冷凍法を採用していると言えます)

ではかつての日本における冷蔵保存技術の導入は、当時の社会にどんな影響と変化をもたらしたのでしょうか?

日本で冷蔵機による製氷技術が本格的に導入され始めたのは明治20年頃、まさに日本が富国強兵へと邁進しようとしていた時代のことでした。

日本での機械製氷の始まり


大日本製氷(現ニチレイ)の 創始者であり、日本の食品化学の進歩に大きく貢献した技術者の西川虎之助を叔父に持つ、和合英太郎氏は日本の製氷、冷蔵業界におけるパイオニアでした。

かつて氷の利用は、寒い地域で自然にできた氷を切り出して輸出して、各地の氷室で保存される形が主流であったため(当時日本では函館・五稜郭の外堀が最大規模の採氷地だった)、食品の冷蔵は庶民が個人単位で簡単に行えるものではなく、そのため大量の氷を1年中どこでも生産できる機会製氷の出現が、日本の食のあり方に与えた影響は測り知れなかったと思われます。

和合英太郎氏は、日本初の本格的な製氷機を導入した機械製氷株式会社を設立。

単に経営者としてではなく、技術者としても活躍しました。機械製氷株式会社は全国的な吸収合併を行い、全国の製氷業のうち40%を占めるまでの巨大企業となりました。

また、製氷技術の普及だけでなく日本冷凍協会(現・日本冷凍空調学会)を組織して会長となり、日本の製氷・冷凍業界の発展に貢献しました。そして1928年、大日本製氷と改名し、いよいよ日本における最大の製氷、冷蔵企業となったのです。

しかし、戦争に突入すると大日本製氷も国家総動員法に基づき、帝国水産統制(※注1)に組み込まれ、氷の取り扱いも自由には出来なく なってしまいました。

・最盛期の大日本製氷工場分布図(昭和4年、大日本製氷株式會社概覧より

当時東京都は15 の区を持つ「東京市」であり、まだ台湾は日本の支配下にあった。

戦時下でも欠かせなかった氷


戦時下において氷は、生活主要品目の中でも特種中の特種品として扱われ、まだ電気式冷蔵庫が普及していなかった当時においては絶対必須のものとされていました。

当時資料には「戰時下皇國民の保険衛生上、生鮮魚貝類の保藏用、即ち食料品の確保、各種化學工業用、其他軍需各種産業方向にも重大なる必需性を有する商品である事は言を俟たない處である。」と述べられています。

戦時下では氷の配給は、生産者から氷の卸売組合を経由し共同配給所へ、そこからさらに用途別に軍需用、工業用、医療用、家庭用及び特殊用に分けられてから一般消費者へと配給されました。

それ以前から、生活必需品だった氷は引換券(氷券)による前払いが一般的で、時に氷券は夏季贈答用の品として今のビール券のような扱いもされていました。

また氷は天候により需要が増減するため、氷券はある種の投資対象としても扱われました。

しかし戦時体制に入ってからは、一般消費者への氷の配給は100貫単位(約400㎏)で、統制下の氷の卸売組合が発行した氷券引換券が、当該地域の氷卸商業組合や共同配給所発行の氷券へとさらに引き換えられる形で行われていたもので、この配給の氷券は譲渡及び売買が禁止されたものでした。

・東京府下に於ける氷配給系統圖(昭和18年、戦時生活主要物資配給事情より)

また「臨時用」という、通常の配給とは別に、共同配給所から分別せずに氷卸商業組合へ、そこからさらに直接消費者に配給されるものがあり、それは病人の治療や夏季の需要への対処などに当てられたそうです。

このように、戦時下であっても特に氷の配給は重要視され、物資状況の厳しい当時でも特例が認められるほどの重要品目として扱われていたのです。

※注1…第二次世界大戦下での食糧管理を徹底するため、日本政府が水産会社を集めて設立した国策会社

出典:大日本製氷株式會社概覧 1929年 編:大日本製氷株式會社

  : 戦時生活主要物資配給事情 1943年 編:商業組合中央会東京府支部