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食生活を一変させた製氷冷蔵技術


冷凍冷蔵技術が普及する以前の時代では、あらゆる生鮮食品がそうですが、その中でもとりわけ水産物は保存する方法が極めて限られていました。

例えば、あまり沿岸では取れないマグロはかつて、常温で放置すると血液が酸化して真っ黒になることから「真黒」が由来になった説があるなど、鮮度は保たれていない場合が多く、そのため安価で手に入る庶民の魚でした。

故に利用法は必然的にヅケ(現在の醤油漬けとは異なる、塩と米に漬け込む一種の発酵食品。滋賀土産の鮒ずしに近い。)にするか、加熱して食べるかでした。

中でも特にトロは脂が多すぎてヅケにもできないことから、もっぱら廃棄される部分でした。

ちなみに今ではネギとチキンを交互に挟んだ焼き鳥を「ねぎま」と呼びますが、かつてのねぎまとは、ネギと他に利用法のないトロを醤油で煮込んだ庶民の鍋料理のことでした。

それが冷凍冷蔵技術の発展により、いまではすっかり高級食材になるなど、水産業は近代になって飛躍的な発展を遂げました。

本コラムでは、冷蔵冷凍技術と魚のかかわりについて、その一端を解説していきたいと思います。

水産氷と陸上氷


氷と一口にいっても、単に固体のH₂Oのものだけを指すのではありません。例えば、炭素で構成された固体にもダイヤモンドやグラフェンのような頑強なものから、炭や鉛筆の芯のように脆いもの、実は天然ゴムも炭素を中心として構成されており、弾力のあるものまであります。同じ氷にも目的に応じた様々製法、種類があり、水産物の保存に用いる氷は「水産氷」と呼ばれ、それ以外の「陸上氷」とは区別されます。

水産氷は都道府県条例等により陸上氷とは区別され、冷却を主たる目的とするため諸々の品質基準等が異なり、市水や海水をそのまま凍らせて水産氷とすることができます。

また近年では海水氷をシャーベット状にした氷がよく使われています。

塩分濃度が強すぎると魚が半端に凍って内側から損傷したり、すぐに融けきってしまうリスクがあるため濃度は1.5~2%ほどに調整されます。

扱いが難しいところもありますが、船上で作れたり原料コストがあまりかからないといったメリットがあります。

水産氷は、食品の冷却のためだけに使用するものです。

原料が市水であればカルキ等を含んでいるため、急激に冷やして造られた氷は白濁が強くなる傾向があります。

また、水自体の衛生基準に問題がないとしても、設備の衛生基準が食用氷とは異なるため、飲食用の氷には適さないと言えます。

しかし、その分、手軽さと生産性がとても高いです。

港に行くと原料水から製氷、砕氷までを一貫して行うことができる、水産氷の自動販売機まで見かけることができます。

この「水産氷自販機」は、内部に無人の工場を備えているようなものなので 、一般的に自動販売機という言葉から想像されるサイズより遥かに大きく、多くの場合は漁港や市場の敷地内などに存在します。

水産事業者専用の設備となっている場合も多いですが、一部の漁港などでは御好意により一般の釣り人などが利用できるところも存在し、手軽に大量の氷が入手可能な場所として、釣り人には大変ありがたいスポットになっています。

しかし、前述のように基本的には水産事業者を対象とした設備ではあるので、是非、釣りに行く際は一般人も利用可能か調べた上で、魚の保存に活用してみてはどうでしょうか?

千葉、九十九里浜の片貝漁港にある水産氷の自動販売機。ここは水産事業者専用だった。

冷蔵技術は食品だけでなく標本にも!


※以下、実際の生物標本の写真があります。画像はちょっと刺激強めですのでご注意ください!

魚を保存するというと、勿論多くの場合は水産物として魚を保存するケースを指しますが、魚を保存する冷蔵技術は、食の分野に留まらず、標本作成にも用いられます。

魚の標本は液浸標本といって、保存液にサンプルとなる魚体を漬け込む方法が最も主流ですが、この方法では色素の脱色などサンプルの損傷が激しく、最も簡単で確実ではありますが、あまり魚体を綺麗に保存しておく方法としては適しません。

いわゆる「液浸標本」保存液にはエタノールや10倍希釈したホルマリンが用いられるが、いずれも脱色してしまう。

しかし、氷漬けにした場合での標本は、その色、形などをあまり損なわないため、博物館やイベントなどの展示に用いられることがあります。

また、液浸標本においては保存液などの臭いも強いですが、氷漬けの標本であれば臭いもありません。やはり、低温下に置いて保管しなければならない管理上の難しさはありますが、それを補ってなお、非常に鑑賞価値が高い標本と言えそうです。

氷の中の魚(Wikipediaより引用)

氷漬けにされた標本は取り出して再調査等をすることが難しいため、基本的に観賞用であり、学術的資料として用いられることはあまりないですが、そのまま冷凍した生物標本は実用的な研究サンプルの保管手段として実際によく活用されています。

有名なものでは、静岡県沼津市にある沼津港深海水族館では、国内で唯一常設展示で見ることのできる、シーラカンスの冷凍標本が大きな見どころとなっています。

生体研究に欠かせないクリオスタット


本格的な生物学的研究、解析に用いられる冷凍標本の技術として「クリオスタット(Cryostatl)」というものもあります。

これは、生物の組織を電子顕微鏡などで観察したい場合、その組織を薄く切断することが必要になりますが、それにはサンプルを硬化させておかなければ上手くいかず、そのために組織を凍らせて硬化させ、サンプルのスライドを得ます。

組織内で氷の結晶が大きくなると、組織サンプルの細胞や組成をズタズタに破壊してしまうので、時間をかけて水分が凍るほど氷の結晶が大きくなることを考慮して、いかに一瞬で凍らせることができるかが、適切な組織サンプルの処理において重要となります。

その手法として、粉末状のドライアイスをサンプルに直接吹き付ける方法、 またドライアイスで冷却した液体窒素などの冷却液にサンプルを漬け込む方法、あるいは「クリオプロテクション(Cryoprotection)」といって、凍結したサンプル内で氷の結晶が大きく発達しないように、グリセロールなどの凍結保護剤にサンプルを漬け込んでから、凍結させる手法があります。この方法では、一般的に甜菜(てんさい)やサトウキビから得られるショ糖液が用いられることが多いようです。

一般的に病理学標本に用いられることの多い手法ですが、様々な生物のミクロレベルの研究においては欠かせない手法となっております。