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融けた氷山は真水?海水?


突然ですが 皆様は、海に浮かんでいる氷山は、融かしたら塩水になると思いますか?

それとも、真水になると思いますか?

結論からいうと、氷山は融かすとほぼ真水になります。

氷山は海の上に浮かんでいるのに、融かすと真水になるのは不思議ですよね。

実は海上を漂う「海氷」は普通の氷と色々異なっていて、性質や成り立ちもユニークです。

果たしてどのようなことが海氷と普通の氷で違うのでしょうか?

また、110年前にタイタニック号を沈没させたのも海氷でした。今、温暖化などの影響で海氷と船舶との関係も変わりつつあります。

今回は、あまり知られていない「海氷」の話をまとめていきます。

南極の氷と北極の氷は実は違う


「海氷」とは 海に浮かぶ氷の総称ですが、海水が凍結したものと、淡水由来の氷に大きく2分されます。

例えば、北極の氷と南極の氷では、その性質は大きく異なります。

図中左側は北極の氷イメージ、図中右側は南極の氷のイメージ

北極点の周辺はスヴァーバル諸島など一部を除きほとんどが「北極海」であり、陸地があまり存在しないため、北極の氷はほぼ海水が凍結してできたものです。

氷は結氷するときに凍結圧により塩分を追いやりながら成長するので、海氷には細かい粒状になった濃縮された塩水が含まれています。

そのため塩水を含む氷は構造上、真水が凍結した氷よりも脆く、北極の氷の厚さは、陸地のある一部地域では30メートルほどに達しますが、海上では数メートルにしかなりません。

従って「氷山」と呼ばれるサイズの海氷は、必然的に全て陸地の淡水由来ということになります。

一方で南極には、オーストラリアの2倍の面積をもつ大陸があり、しっかりした地盤の上に築かれた氷床は、降り積もった積雪が氷となって下の氷と重なり、圧縮され…を繰り返して出来たものであり丈夫で、氷の厚さは平均1600m以上もあります。(ちなみに南極の雪は細かな氷の粒、ダイヤモンドダストとして降るため圧縮される前から硬めです)

最も古い層の氷は、推定100万年以上も前のものとされ、閉じ込められた火山灰や花粉などは古代の環境を探る重要なサンプルとなります。

また南極大陸周辺の海にも、北極点周辺に生じる海氷と同じものが生じますが、南極側では大陸から剝がれ落ちた氷山が多いと海水が凍りにくいなど、淡水由来の氷と、海水由来の氷が複雑な相関関係にあるようです。

失われた「北極のペンギン」


ちなみにいわゆる「ペンギン」と呼ばれる鳥類は現在では南極にしか生息していませんが、実は元々北極に生息していた「オオウミガラス」という、ペンギンによく似た飛べない鳥が最初に「ペンギン」と呼ばれていて、南極のペンギンはその後に見つかりました。

しかし、北極の「元祖ペンギン」であるオオウミガラスが乱獲による絶滅に遭い、ペンギンは南極だけの存在となりました。

絶滅したオオウミガラス

現生の様々なペンギンたち

今のペンギンは「ペンギン目」 という独立性の高いグループに属し19種いますが、オオウミガラスは「チドリ目」、チドリやカモメなどかなり多様な仲間がいる中での一種にしか過ぎませんでした。

オオウミガラスを絶滅へ追いやった直接の原因は、人間による乱獲であったことは間違いありません。

しかし、14世紀半ばから始まった「小氷期」と呼ばれる気候寒冷化でその数を減らし、さらに追い打ちをかけるように、海底火山の噴火によって貴重な生息地が失われる悲劇も遠因としてありました。

数を減らしたことで、かえって希少価値が増して高価に売れる理由となり、あっという間に乱獲され全滅してしまったのです。

絶滅した北極の元祖ペンギンと、南極に今も生きるペンギン、果たして彼らの運命を分かつものは何だったのでしょうか?

北極の「ペンギン」が、オオウミガラスただ一種だけだったことを考えると、それは文字通り「足元の固さ」の違い…。

広大な南極大陸を足元に持つ今のペンギンと比べ、オオウミガラスの立っていた僅かな陸地と海氷のみで出来た足元は、あまりに心もとなかったのかもしれません。

海水からはどのように海氷が生まれるか?


さて話が脱線してしまいましたが、そもそも海氷とはどのようにして形成されるものなのでしょうか?

池や水溜まりが凍っていく様子はイメージできても、おおよそ常に水面が波に揺られている海が凍っていく様子ってイメージしづらいかもしれません。

それでは海洋学部卒の担当者が、脳の片隅の 記憶と引っ張り出してきた資料をもとに、海氷の成り立ちを解説します。

まず海水の表面が冷やされると「晶氷」と呼ばれる針状、もしくは板状の純氷ができます。

それらがやがて波に揉まれて、蓮の葉のような大きな一塊の氷になると、 今度はその氷の塊同士の摩擦により波が静かになり、今度は氷の塊同士がくっついて、大きな一枚の海氷になります。

海氷ができるまでと、その断面構造

海氷の構造を立体的に見ると、まるで本を束ねたような形で純氷の層が並び、その間にブライン細胞(濃縮された塩分の詰まった小さな部屋)が平行に挟まれていて、海水が塩分と水分に分かれながら、複雑に凍結して出来たことがわかります。

この構造は、氷を砂糖に置き換えると、駄菓子の「わたパチ」に近い状態と言えるのでしょうか? (わたパチ、ご存知でしょうか…?パチパチするキャンディーを綿あめで包んだ駄菓子です。)

北国の海に欠かせない「砕氷船」


南極地域観測隊の南極観測に利用された砕氷艦、初代「しらせ」

海氷が発生するような北国では、人やモノの流れを維持するために、水面の氷を割りながら進むことのできる砕氷船の存在が欠かせません。

通常、砕氷船は氷を砕くのに適した形状をした船首として、スプーンのようになだらかに湾曲した 「スプーン・バウ」や「バルバス・バウ」と呼ばれる、水面下に凸部を持った船首を採用していることが多く、このような構造で海氷を割り、押し除きながら進んでいきます。

また珍しいタイプの砕氷船として、アルキメディアン・スクリューと呼ばれるドリルを船体前部に装備し、それを回転させて氷に乗り上げ、船体重量を加えて氷を割ることで氷海の航行を行うタイプのものがあります。

北海道にて観光船として運用されている「ガリンコ号」がそれです。

初代ガリンコ号のアルキメディアン・スクリュー(紋別海洋公園内

Wikipediaより:File:Monbetsu Garinko1 ASV.jpg - Wikimedia Commons 作者:あごちくわ 様 ライセンス:CC 表示-継承3.0

さらに、国土の沿岸部が軒並み氷海となるロシアでは、氷をものともせずに推進可能な氷砕船が必要とされ、パワフルな動力確保のために 原子力エンジンを採用する砕氷船まであります。

アルクティカ級原子力砕氷船とその原子炉。

 原子炉の冷却水には冷えた海水を使っているため、氷海域外での運用は想定されていない。

Wikipediaより:File:RIAN archive 186141 Nuclear icebreaker Arktika.jpg - Wikimedia Commons 作者:Nikolai Zaytsev 様 ライセンス:CC 表示-継承3.0

温暖化は氷海をどう変えるか?


近年はますます地球温暖化への社会的な取り組みが意識されて いますが、果たして温暖化の影響は氷海をどう変えるのでしょうか?

世界には、温暖化により海氷の減少が起きるのを大きなビジネスチャンスと捉える人々もいます。

北極海の海氷減少により、不可能とされてきた北極海航路が現実味を帯びてきました。

今まで石油などの燃料資源は、中東など政情が不安定な国々の領海や、海賊が多く蔓延るソマリア沖などの危険海域を多数通る必要がありました。

しかし北極の氷が融けてきたことにより北極海を通るルートが開けたことで、ロシアなど極域の国々がこれに投資する動きも強く、エネルギー情勢に変化が起きつつあります。


ですが反対の南極方面では、気温上昇により大陸から剥がれ落ちた棚氷が海に流れ、南極方面の航路をふさぐ氷山の数が増加していくことにより船舶事故が増えることも懸念されています。

今、ダイナミックに世界の環境が変化していく中で、様々なベクトルにおいて氷海は人々の暮らしにこれからも影響を与えていくでしょう。

参考文献

:野澤和男.氷海工学-氷砕船・海洋構造物設計・氷海環境問題.成山堂書店.2006.

: 田畑忠司、増沢譲太郎、蓮沼啓一、渡辺貫太郎.海洋科学基礎講座Ⅳ.東海大学出版会.1977.