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ゲームだとありがちな「氷属性」のモンスターだけど…


ゲーム(特にRPGなど)には時々、「氷属性」や「こおりタイプ(これは一つしかない?)」のモンスターが登場し、属性の通り氷を利用した攻撃を行ってきたり、あるいはキャラクターを氷漬けにして行動不能にしたり、弱点が火属性だったりします。こういった「属性」といえるものが現実も当てはまりそうな生物はせいぜい「雷属性(?)」のデンキウナギやデンキナマズ、シビレエイくらいに思えます。

もちろん火属性っぽい生物はいません。もしいれば直接餌食になる人は勿論、二次被害的に発生する森林火災などによる犠牲者も絶えないことでしょう。さらに人間活動による量を遥かに超えるCO₂をそれらの生物が排出し、地球温暖対策として火属性モンスターが討伐される世界になっていたでしょう。

では、氷属性っぽい生物はどうでしょうか?実はこれが案外本当にいるのです…

もっとも人間を氷漬けにするような恐ろしいものはいませんが…その中から3つの生物を選んでご紹介します。

血が凍っても死なない昆虫「ナンキョクユスリカ」


まずご紹介するのは、この「ナンキョクユスリカ」です。

(いきなりグロテスクな昆虫が出てきましたが、戻るボタンは押すのはご勘弁ください)

ナンキョクユスリカは南極唯一の在来昆虫であり、そして南極最大の陸上動物です。(勿論南極にはペンギンやトドなどの動物もいますが、彼らは海生動物です)

この虫は「南極半島」と呼ばれる西南極に位置する比較的気候が温和なエリアに生息します。

クモのように細長い脚と、サソリのように腹部の伸びた体を持つ奇妙な虫ですが、その正体はハエ目、つまり羽虫の仲間です。

外見上の特徴である、長く伸びた腹部の先端にあるフック状の突起は交接器で、またハエ目にも関わらず例外的に成虫が翅をもっていません。

これは推定9万種は存在するとされるハエ目の中でもかなりレアケースであり、他には同じく雪原の中で暮らすクモガタガガンボ(これは日本にもいます)や、コウモリに寄生するクモバエなど、わずかな種にしかみられない特徴です。翅(はね)を持たないのは表面積を減らし、体温を逃がさないためだとされています。

この虫は普段はグアノ塊(ペンギンなどのフンが化石化したもの)などの中に潜み、僅かに生える藻などを餌に生活しています。

実はこの虫、生存可能な寒さは-15℃まであります。一見すると凄いですが、生息環境は-40℃を下回ることを考えると足りない気がします。

また、同じく低温環境で暮らすハエ目のヒョウガユスリカが-16℃でも活動可能なのと比べ見劣りするどころか、北海道などに生息する耐寒性の昆虫と比較しても劣るものだったりします。


にもかかわらず、 なぜ生存可能なのかというと「氷」の持つ保温性を利用しているからです。

氷雪はただ冷たいだけでなく、氷は熱エネルギーとして潜熱を溜めていても溶け終わるまで0℃を保ち、これは逆に極端な温度低下を防いでいるとも言え、また氷雪はその隙間に空気を含むため、それが断熱材となり冷気を防いでくれる所謂「かまくら効果」を持っているので、この昆虫は雪下で、氷の断熱効果をフル活用して生き延びています。

また、この虫最大の特徴が「体液が凍りついた状態でも生存できる」という点です。

仮死状態(クリプトビオシス)になって過酷な低温にも耐えられるクマムシや、氷結晶の形成を防ぐ効果を持つ不凍タンパク質(AFP)を体内に持つことで、不凍液のような性質を持つ透明な血液を持つコオリウオなど、様々な方法で極低温に耐える生物がいますが、本当に生きたまま体液が凍ってしまっても、生存可能な生物はおそらくこの昆虫くらいでしょう。

南極海の海底に多く棲むコオリウオ。

彼らのようにAFPによって低温下でも血が凍らないようにしている生物は他にもいるが、

血が凍ってしまっても生きていられる生物はそうはいない。

これはこの虫が血液にトレハロースなどの多様な糖類を蓄積していることで体内で氷が大きく成長するのを阻害していることと、「冷却硬化」といって急速に細胞を変化させ身を固めることで凍結圧に耐えていますが、そのメカニズムについて詳しいことはわかっていません。

しかし、 この能力を解析することで新しい食品の保存技術、ひいては移植医療やコールドスリープ(冷凍睡眠)実現に飛躍をもたらすのではと、科学者たちから熱い視線を向けられています。

氷の中でしか生きられない生物「コオリミミズ」


氷の中でも生きられる生物というのはそれなりに存在しますが、逆に「氷の中でしか生きられない生物」はこのコオリミミズくらいでしょう。

コオリミミズはクリオコナイトホールと呼ばれる、アラスカの氷河に生息する藍藻(植物性バクテリア)とそれの生命活動に伴い排泄される鉱物と煤の複合体「クリオコナイト」の持つ熱吸収作用によって空いた氷河の穴の中に棲むミミズで、土の中を掘るミミズと同じように氷雪を掘り進んで、クリオコナイトのような藻類を食べて生活しています。

また、夏季の氷河地帯まで風で花粉が運ばれてくる時期には、午後から夜にかけて大量に氷河から湧き出し、花粉を食べて夜明けとともに氷河の中へ戻っていきます。

このミミズは体液の組成が非常に特殊で、グリセリンを含んでいることで凝固点降下(融雪剤のように、液相にのみ溶ける物質を混ぜることで水が凍る温度を0℃以下にすること)を起こしており、-7℃までの低温環境に耐えることができますが、逆に5℃以上の環境では体液の成分で自分を溶かして死んでしまいます。また、同じ水であっても個体の水でなく液体の水に触れてしまうと、身体の浸透圧が非常に高いため、破裂して死んでしまいます。

単純に低温に強いわけでもないので、飼育するにも氷の中でしか飼えない、極めて変わった生物です。

氷河に空いたクリオコナイトホール

この我々とはあまり縁がなさそうな生物ですが、案外地球の未来が彼らに託されているのかもしれません。なぜなら前述のクリオコナイト 、地球温暖化の影響で極地の雲量が減り、日を多く浴びることで増殖をしているからです。

そしてこのクリオコナイト、熱吸収作用により氷河を融かしてしまいます。そして氷河が融ければクリオコナイトの肥料となる成分がさらに流出し、もっとクリオコナイトが 増えることでますます氷河が融け…という悪循環に陥ります。

どこかの時点で生息地の氷河を失ってクリオコナイトが絶滅するかもしれませんが、その時には氷河は融けきって 、海面上昇で多くの人が住む場所を失い、全ては手遅れでしょう。

このコオリミミズがどれだけクリオコナイトの繁殖を抑制しているのか、あるいは食べている藻類にクリオコナイトを直接構成する種も含まれているのかはわかりませんが、彼らがクリオコナイトホールの生態系の中で、なんらか大きな役割を担っているでしょうし、それが氷河融解を食い止めるカギとなるかも知れません。

やはり、土の中でも氷の中でもミミズは偉大な存在。あらためて彼らに感謝したいです。

氷を操る?これぞ本当の氷属性生物「氷核活性細菌」


ここまで書いてきて、なんだか皆様の「氷属性っぽくない」という声が聞こえてくるような気がします…そう、ここまでに登場した生物はいずれも氷に対する「耐性」を利用して生存に有利な立ち回りをしているだけで、別に自ら氷を生成したり、氷を操ったりといったようなマネはできません。しかし、この「氷核活性細菌」はまさに氷属性と呼びたくなるような特性を持っています。

この氷核活性細菌と呼ばれるバクテリアたちの中でも最初に発見されたものは、

学名Pseudomonas syringae(シュードモナス・シリンガエ)と いい、植物病原性細菌として認知されていました。その最大の特徴は細菌性の斑点を植物にもたらし時に枯死させるだけでなく、この菌に侵された植物は酷い霜害を示すということでした。

これはP.シリンガエの多くの菌株が「氷核活性タンパク質」というものを持っていることに由来します。氷核活性タンパク質とは、体外酵素タンパク質の一種で世界最強の氷結剤です。

氷点下とは、厳密には0℃以下のことを指すのではなく、環境下で水が凍り始める温度よりも低い温度を指すのであり、実用上は0℃ですが、実は純水においては0℃以下でも凍結せず、-40℃までは過冷却の状態を維持します。しかし、非純水(汚水という意味ではなく普通の水)では0℃にて凍結し、それは不純物(水中のH₂O以外全て)が凝縮核となって氷が成長するからです。

この凝縮核のなかでも、氷の成長を早めることができる物質を 「氷結剤」と呼び、強力な氷結剤であるヨウ化銀結晶であれば純水に入れることで凍結温度を-40℃から-8℃までに引き上げますが、(ちなみにチリやホコリであれば-10~-15℃)この氷核活性タンパク質は、元は-40℃まで刺激が無ければ凍らない純水であっても、これの混入だけで-1℃で凍結させてしまうこともあります。

氷核活性細菌は水の凝固点を著しく下げることができる。

この菌にとって氷を生成することは何の役に立つのでしょうか?

実はこの菌は、この能力を用いて雨を降らせることや雪を降らせる条件に影響しています。まさに「天候をコントロールする」(驚愕!)ことで 分布を広げていると考えられています。

バクテリアは真菌(キノコ、カビ)のように胞子を使わずとも、その小ささから大気中に拡散することができますが、この菌が 水蒸気とともに雲に入り込むと、そこで氷を生成することで降雪または降水を誘発します。

蒸散した水に混じって雲に到達したこの菌は、雲の中で雪の結晶を形成することで、雪や雨に乗って世界中の大陸や海洋に降り注ぎ、分布を広げているのです。

この菌が持つ氷核活性タンパク質は、現在スキー場などで用いられる人工降雪機において、圧縮空気と水を混ぜて雪を降らせる形で実用化されているほか、食品の冷凍、加工技術の分野においても今後の応用が期待され、研究が進められています。

やっぱり生物から学ぶべきことは多い


こ こまでに紹介した生物たちは、いわばアニメ、ゲームに登場する「氷属性」のモンスターのように、敵を凍らせたり、氷そのものを武器に攻撃してきたり、といったような派手な能力は一見持っていません。

しかし地味ながらも彼らの持つ能力はいずれも、過酷な環境下に活路を見出し、生息域の版図を拡大するために磨かれた、強力な「生きる力」 です。

その特殊性を研究、解析することは、医療や宇宙開発などの先進的な科学分野においては勿論、我々の生活を豊かにする身近な発明のヒントまで、様々な学ぶことがあるのです。

※ 掲載写真はすべてWikipediaより引用